曼荼羅

2022年09月17日

創価学会の「日蓮大聖人御書全集 全文検索」で曼荼羅を検索すると18件あります。

いちいち真蹟かどうか調べるのは面倒なので、今回は日興上人の富士一跡門徒存知の事でいこうかなと。

といっても富士一跡門徒存知の事。日興上人筆のものがあるかどうか知らない。。

まあ、本物ということで話を進めます。(いい加減だなあ)

やはりというか注目すべきは以下の文章です。

一、御筆の本尊を以て形木に彫み不信の輩に授与して軽賤する由・諸方に其の聞え有り所謂日向・日頂・日春等なり。
 日興の弟子分に於ては在家出家の中に或は身命を捨て或は疵を被り若は又在所を追放せられ一分信心の有る輩に忝くも書写し奉り之を授与する者なり。

阡陌陟記P412に「外典には未萠を知るを聖人といい、内典には三世を知るを聖人ということであるが、大石寺の法門では未萠と三世をともに知るを大聖人と称しておる。」とあります。

日興上人は現代の世相を見越していたのか。日興聖人かな。これでは外典の聖人にしかならないか。

閑話休題。

御形木御本尊の会通はどうなってるのか。

誰か知りません?

御僧侶に聞け?

そりゃそうだ。

でも自分で考えるところに価値があるわけで。。

日興上人は印刷はダメということでしょう。

いつから御形木御本尊が始まったのか。

創価学会かな。

戦後?

それとも戦前?

信者が爆発的に増えた戦後のような気もするけれど、印刷が普及した戦前のような気がする。

そもそも日興上人が形木に言及しているわけで。

この項、自分でも何が言いたいのかよく分からないことになったけど、形木は。。

日興上人は書写し奉りということで。

このへんが師弟子の法門ということも絡んでくるのかなあと。

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「形木に彫み 」とは、印刷するということなのか。 ただ単に木に彫るということなのか。どっちかなと。考えた後に思っている。。

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