AI:曾谷入道殿許御書 by Groちゃん
2026年09月27日
曾谷入道殿許御書(文永12年・1275年)の大意この御書は、重病を治すには良薬が必要であり、五逆・謗法の者を救うには「要法」(最も肝心の法)でなければならない、というところから始まります。大聖人は、時(正・像・末)、教(小大・権実など)、国、機(すでに謗法した者とまだしていない者)、師の違いを詳しく論じ、法華経の中にも「無智の人には説くな」という文と、不軽品の「迫害されても説け」という文が対立しているように見えることを指摘されます。天台・妙楽の釈を引いて、過去に結縁のある者には方便の教えで守り、まだ結縁のない者には大法を強制的に説く(強毒)のが正しい、と会通されます。その上で、正法・像法の時代を経て、今は末法に入ったことを明らかにし、末法の衆生を救うために釈尊が付嘱されたのは、他の菩薩ではなく地涌の菩薩(上行・無辺行・浄行・安立行の四菩薩)であり、その付嘱された要法は妙法蓮華経の五字であると示されます。大聖人ご自身は「地涌の一分ではないが、このことを兼ねて知っているので、地涌の大士に先立って五字を示している」と述べ、この大法を弘めるためには一代の聖教と八宗の章疏をきちんと学ばなければならない、と強調されています。最後に大田金吾(と曾谷入道)に求めていること大聖人は、ご自身が所持していた聖教が、二度の流罪や数々の大難で散失・脱落・破損してしまったことを述べられます。そのまま黙って一生を終えてしまえば、弟子たちが誤った理解をする基になるので、老いる前にきちんと糺し整えたい、と願っておられます。そのために、「風聞の如くんば、貴辺並びに大田金吾殿、越中の御所領の内並びに近辺の寺々に数多の聖教あり等云云。両人共に大檀那たり。所願を成ぜしめたまえ」と、曾谷入道と大田金吾の所領や近辺の寺にある聖教を集め、大聖人の願いに力を貸してほしい、と具体的に頼んでおられます。さらに「使者にこの書を持たしめ、早々に北国に差し遣わし、金吾殿の返報を取って、速々是非を聞かしめよ」と、金吾からの返事を急いで知らせてほしい、と結ばれています。要するに、聖教を集めて整えるための外護の協力を、大檀那である二人に求めているのです。