AI:曾谷入道殿許御書 by Deeちゃん
『曾谷入道殿許御書』(文永十二年三月十日、日蓮大聖人五十四歳の御作、真蹟現存)は、千葉県北部の篤信者・曾谷教信と大田乗明の両人に宛てられた書状です。内容的には、真言宗をはじめとする諸宗の邪義を破折し、末法における法華経の肝心と地涌の菩薩への付嘱を明かしたうえで、最後に具体的な依頼へと至る構成をとっています。
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大意
一、諸宗の邪義の破折
冒頭、末法の逆謗の者を救うには「要法」によるほかないとし、時・教・国・機・師の五つの観点から法を判ずべきことを示されます。なかでも、真言宗の善無畏・金剛智・不空らが天台の一念三千の法理を盗み、大日経に摂入して「即身成仏」を偽ったこと、弘法大師が法華経を「戯論」「盗人」と蔑んだことを厳しく糾弾されます。
二、末法における付嘱の主体
迦葉・阿難・龍樹・天親・天台・伝教といった諸大聖人でさえ、知りながらも弘めなかった「肝要の秘法」があるとし、それが法華経の文に赫々と示されていることを明かされます。すなわち、法華経の会座において、迹化の諸菩薩や他方の大士には付嘱されず、下方の大地から涌出した上行・無辺行・浄行・安立行の四大菩薩にのみ、法華経の肝心が付嘱されたということです。
三、地涌の菩薩と末法の衆生
地涌の大菩薩は、末法の濁悪の衆生を利益することが、魚が水に馴れ鳥が天に自在であるかのように適していると説かれます。日蓮大聖人ご自身は「地涌の一分に非ず」としつつも、上行菩薩出現の先がけとして、末法の衆生のために「南無妙法蓮華経の五字」を粗々示されたと仰せられます。
四、末法出現の証拠
大集経の五箇の五百歳の文と、法華経薬王品の「後五百歳中、広宣流布」の文とを照らし、正嘉・文永の大地震・大彗星を末法の大謗法の兆しとして、今まさに第五の五百歳に相当し、日本国に法華経の肝心が流布すべき時であることを示されます。
最後に宗祖が金吾に求めたこと
御書の末尾は、抽象的な教義論ではなく、きわめて具体的な依頼で締めくくられています。
「使者にこの書を持たしめ、早々に北国に差し遣はし、金吾殿の返報を取って、速々是非を聞かしめよ。この願もし成ぜば、崑崙山の玉鮮やかなるは求めずして蔵に収まり、大海の宝珠は招かざるに掌に在らん。」
宗祖が大田金吾に求めたのは、曾谷入道のもとに使者を派遣し、散失した経論・聖教の蒐集に協力してほしい、という一点です。
これには二重の意味があります。一つは、両度の御勘気や数度の大難のなかで散失・損朽した聖教を、老耄の前に糺調したいという実務的な必要です。もう一つは、直前に述べられた 「今、両人、微力を励まし、予が願に力を副へ、仏の金言を試みよ」 という呼びかけと一体のものです。すなわち、経文に説かれたとおりに正法を弘通するならば、必ず「現世に福報を得」「所願虚しからず」という仏の金言が真実であることを、自ら行動して検証してほしい、という願いが込められています。
聖教の蒐集は単なる学問的作業ではなく、末法における法華経流布の基盤を整え、仏の金言を現実のなかで「試みる」実践として位置づけられているのです。